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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)6482号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕原告が、右調査研究により被告から支払いを受けるべき報酬については当初原被告間で具体的かつ明示に定められていないことは、弁論の全趣旨により明らかである。しかし、一般に弁護士に対し訴訟委任をした場合、依頼者は反証がないかぎり弁護士に対して相当の報酬を支払うべき黙示の合意をしたものと推定すべきであるから、特段の反証のない本件においては、被告は原告に対する支払義務を免れることはできない。

そこで、本件の報酬額について判断する。

1 原告は、被告が原告が当時所属していた日本海事弁護士会の報酬等規約が前記依頼書の裏書に記載されていることを承知のうえで原告に委嘱し事件の研究をさせたものであるから、被告は右規約によつて計算した報酬を支払うべき義務があると主張するが、被告が右規約の内容を承知していたとしても、報酬の額につき右規約によるという当事者間の合意の成立を認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用できない。

2 次に原告は、弁護士に対する報酬額については、弁護士会の報酬規定によるという事実たる慣習が存在する旨主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。

3 ところで、弁護士の委任事務処理に対する報酬の額につき依頼者との間に別段の定めがなかつた場合には、事件の難易、原告の調査研究により被告の受けた利益の程度、原告の費した努力の程度その他の諸般の事情を考慮し、かつ原告の所属弁護士会の報酬規定を参酌し、当事者の意思を推定し、以つて適正妥当な報酬額を算定すべきである。

一般に海事事件は海上における船舶の運用と構造等に関連し、事件の性質上証拠の蒐集が困難で難事件になることが多いばかりでなく、海事事件を扱う弁護士が一般の弁護士としての知識経験のほか海事に関する特殊の学識経験を要求されることは当裁判所に顕著な事実であるが、本件委任事務の内容も、海上衝突による損害賠償請求訴訟を提起した場合の裁判の見通し等についての研究にあつたのであるから、困難かつ特殊の学識経験を必要とする問題であることを推認するに難くなく、また<証拠>を綜合すると、原告に被告の依頼に基づき、被告をして佐世保海上保安部から同保安部海上保安官作成の調査報告書写を取り寄せさせて、同報告書記載の米国船船長と二等航海士の供述内容に依拠して当時の状況を海図上で研究し、本件海上衝突の過失は米国船側にあるとの結論に達し、また裁判管轄の問題については最高裁判所図書館に赴いて研究し、本件海上衝突による損害賠償請求につき日本の裁判所に管轄権があるとの結論に達し被告にその旨告げるとともに、被告が相手方船長と交渉する際の資料とするため、被告の求めに応じて、被告所有船の船体、貨物の損害額と韓国の相続法とホフマン式計算法による死亡乗組員遺族の損害額を計算し、その金額を米国船船主側に催告することを内容とする催告書の文案を作成して被告に交付したこと、その後被告は、原告の右研究の結果をも参考にして従前からの米国船船主側との交渉を継続し、昭和四〇年相手方から約一、七七〇万円の補償を受けることで示談解決したこと、以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定した諸事情に前記日本海事弁護士会報酬等規約を参酌すると、原告が受けるべき報酬額は、前記示談により被告が受益した金額である一、七七〇万円を事件金額とし、右規約二条一項(同条に所謂「事件の研究の着手金」の規定)によつて計算した。金二五万三、九一八円(未満切捨)と評価するのが相当である。

4 ところで、原告は、事件研究開始後委任者が受任者によらないで事件を解決した場合には、受任者は右に認定した金額(着手金)のほか前記報酬等規約二条二項による謝金(成功報酬)を支払うべき旨主張し、<証拠>によれば、右報酬等規約二条二項には、主として委任者の不信行為を防止する見地から特に原告主張の如く定められ、事件の研究後受任者によらないで事件の解決をした場合には委任者に対し着手金のほか謝金(成功報酬)をも支払うよう義務づけていることが認められる。

しかし一般に、特定の問題について研究のみを依頼し、事件の解決又は訴訟の委任をしなかつた場合は、委任者は右研究に対する相当の報酬を支払えば足り、右研究をどのように利用するかは委任者の自由にまかされているのであつて、委任者が右研究の結果を有効に利用し、事件の解決に役立てたとしても、特約のない限り受任者において事件解決による報酬請求権を当然に取得することはありえないと解すべきところ、原被告間には報酬額について右報酬等規約によるという合意の成立を認めるに足りない本件においては、本件報酬額決定にあたり、右報酬等規約を参酌して当事者の意思を推定すべきものとしても、委任者である被告に、事件の研究について右報酬等規約二条二項による成功報酬をも支払うべき旨の通常の場合とは異なる特段の意思を推定することは困難であり、他に被告に右意思の存したことを推認させる証拠はない。しかも、被告本人尋問の結果によれば、被告は原告に事件の研究を依嘱する前から進めていた米国船船主側との示談交渉を原告の研究後も継続し、原告の研究結果にとらわれず独自の判断で示談による解決をしたものであつて、原告も右研究当時被告が原告によらないで示談交渉中であることは了解していたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はないから、事件研究後原告によらないで事件の解決をしたことが、原告に対する不信行為にあたるとはいいえないものというべきである。従つて、原告の右主張は採用できない。(渡辺剛男)

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